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講師プロフィール

音楽とともに心豊かな時間を育めるよう、丁寧な指導を心がけています。

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講師
小菅 明子
こすげ あきこ

東京都出身。指導歴は27年。これまで3歳から80代、延べ100名近くを指導。東京都日野市で「おとのわピアノ教室」を主宰。 4歳よりピアノをはじめる。東京コンサルヴァトアール尚美ピアノ科を卒業後、山野楽器でピアノ講師として7年間の経験を重ね、その後、自宅教室をスタート。 クラシック音楽に限らず、生徒さんが弾きたいポピュラー音楽など、幅広いジャンルの楽曲を取り入れてレッスンを行っている。 生徒さん、保護者の方からは「子供の性格や特性を大切に考えてその子に合ったレッスンをしてくださいます」「いつも朗らかで優しい先生です」とのお声を頂く。 音楽発表会や合唱コンクール、卒業式伴奏者選出、保育士合格実績あり 地元の合唱団で12年間伴奏を務め、イベントや発表会での演奏活動を継続。地域の方々と音楽を通してつながる喜びを大切にし、「音楽で人と人との輪が広がり、楽しさがつながっていく場所でありたい」との願いを込め、教室名を「おとのわ(音の輪)」と命名。

資格

◇ヤマハ演奏グレード4級取得

◇ヤマハ指導グレード4級取得

◇ 一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(PTNA )指導会員

長いプロフィール

【幼少期〜小学生時代】音楽を通して見つけた自信

東京都足立区生まれ。自由奔放な2歳上の兄を持つ、おっとりとしたどちらかと言えば引っ込み思案な女の子でした。父が「情操教育に良いから」と家ではいつもクラシックを流してくれていたおかげで、幼い頃から音楽がいつも身近にありました。その後、ヤマハ音楽教室のグループレッスンに通うようになるのですが、お友達と音を合わせる合奏がとにかく楽しくて、毎回夢中になっていたのを覚えています。

 

小学2年生のとき、自宅の新築に合わせて念願のピアノを買ってもらった時は、飛び上がるほど嬉しかったです。私が通った小学校は、オーケストラのある音楽の盛んな学校でした。4年生から念願のオーケストラ部に入部し、ヴァイオリンを担当。コンクールやお祭りなど数々の発表の場があり、コンサートマスターという、オーケストラの中心でみんなをまとめる役割を任せていただく機会にも恵まれました。当時は理由はわかりませんでしたが、音楽が好きで一生懸命取り組んでいたことを見ていただけたのだと思います。

 

高学年のクラス発表会では、トランペットやフルートなど様々な楽器が集まる中、担任の先生がオーケーストラ部のメンバーにリーダーを任せてくださり、私はそれぞれの楽器の楽譜を夢中で書きました。「宇宙戦艦ヤマト」や「フラッシュダンス」といった大曲をみんなで演奏し、クラスの役に立てたことがすごく嬉しかったです。決して目立つタイプではなかった私が、「音楽を通して自分だけの自信」を見つけることができた、大切な思い出です。

【中学・高校時代】辞めて気づいた、わたしにはやっぱりピアノだったこと

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中学校では陸上部に入部しましたが、ピアノの個人レッスンは続けていました。当時は、大好きな先生とおしゃべりをしたくて通っていたような、ちょっぴり困った生徒だったと思います(笑)、、。 高校生になると、初めてのアルバイトに夢中になってしまい、一度はピアノ教室を辞めてしまいました。それでも自宅では相変わらず楽しくピアノに触れる日々を送っていました。 高校3年生になり、いよいよ進路を考えなくてはならなくなった時、「どうせ一生懸命勉強するなら、やっぱり大好きなピアノがいい!」と強く思い直しました。

 

そこから友人に紹介してもらったピアノの先生のもとで練習を重ね、東京コンサルヴァトアール尚美 ピアノ科へ進学。4年間専門的に音楽を学ぶことになります。

【専門学校時代】いろいろな仲間と出会い、音楽がもっと楽しくなった日々

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在学した学校は、ピアノだけでなくジャズ科やミュージカル科、音響、映像ビジネスなど一般的な音大とは一味違う、多種多様な仲間の集まる刺激的なキャンパスでした。特に思い出深いのは、声楽科の同級生とペアを組んだことです。

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地下のレッスン室にこもって、お互いの息を合わせるために日々練習に励みました。大の宝塚ファンだった彼女に連れていってもらい、初めて宝塚の舞台を観劇したときの感動は今でも忘れられません。クラシック以外の素晴らしいエンターテインメントに触れ、音楽の幅がぐっと広がりました。在学中の集大成の卒業演奏会には学内の選考オーディションを経て、出演する機会をいただきました。

【卒業後〜現在】ピアノを教える日々、娘たちが教えてくれた大切なこと

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卒業後は、山野楽器のピアノ講師として7年間勤務し、生徒さんたちとの出会いを通して多くの学びを得ました。今でも名前と顔をすぐに思い出せるのですが、初めて 受け持った 元気いっぱいの4歳の男の子の指導は思うようにいかず、とても悩んだことを覚えています。けれどその生徒さんのおかげでレッスンを工夫する楽しさを知ることができました。 初めての発表会では「ど」だけを使った〈どどどどドーナツ〉を連弾し無事に 引き終えた時の嬉しさは今も忘れられません。その後、結婚と出産を機に一度退職いたします。

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私生活では、2人の娘の母となりました。姉妹であっても性格やペースは全く異なり、特に下の子の子育てでは、学校への行き渋りや進路の選択など、一筋縄ではいかない経験もたくさん味わいました。当時は悩むこともたくさんありましたが、その経験があったからこそ、「世間の“普通”という枠にとらわれず、その子がその子らしくいられる場所を丸ごと受け入れること」の大切さに気づくことができました。 この子育ての経験が、今の私の指導の土台になっています。 

【現在の活動と、レッスンへの思い】

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長女が幼稚園に入園したことをきっかけに、現在の「自宅ピアノ教室」をスタートしました。以来、地域のお子さんから大人の方まで、ご縁のあった生徒さんたちとアットホームな雰囲気の中で音楽の楽しさを分かち合い、今に至ります。また、私自身もピアノを通して地域や音楽仲間と繋がる時間を、今も大切にしています。

 

地元の合唱団では12年間にわたり伴奏者を務めさせていただいたほか、3年前に地元イベントの伴奏をご依頼いただいて以来、継続して演奏の機会をいただいています。これまでに計6回出演し、イベントでは元歌のお姉さんとして活躍されている稲村なおこさんと共演させていただく機会もあり、毎回とても刺激をいただいています。

 

さらに、知人のフルート教室の発表会伴奏や、音楽ワークショップのお手伝いなど、様々な楽器やイベントを通して音楽の輪を広げる活動も楽しく続けています。長年地域でアンサンブルや伴奏を通して音楽を届けてきた経験、世界を広げてくれた友人たちとの出会い、そして母親としての葛藤と気づき。その思いを土台に、音楽を楽しむ心と、生徒さんの小さな自信につながればと願いながら、レッスンを続けています。生徒さんが安心して通える、あたたかい教室でありたいと思っています。

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